
『キイトス茶房』 神楽坂 書斎的珈琲店日和


ちょっと繊細そうで、丸眼鏡が似合うマスター、店内には古本や単行本がならび、静かにクラシックが流れる。「本好きに捧げる」と、プレートの掛かったドアを押し開くと、そこはまさに書斎的なカフェ。神楽坂通りを上がり、箪笥町や袖摺坂に近い一角にあるカフェ「Kiitos Café-General Store」(キイトス茶房)は、都会の喧噪や仕事の忙しなさとはおだやかに、しかしきっぱりと時間を違えるアジール(避難所)のような珈琲と音楽、本の茶房。とくにきまりがあるわけではないのですが、ここでは不思議と、だれもビジネスの話をしたり、揉め事を論じたりはしません。お客さんはだいたい皆カップを片手に本に読み耽り、画集を眺めたり、ひたすらぼーっとしています。休日には、テーブルに日がな雑誌を積み上げ、くつろぐ外国からのカップルも。
そんな神楽坂らしい気風を継ぎながら、おいしい珈琲と小腹を満たす軽食でもてなして、お店の空気を大切にするマスター、じつは、お店を開く前から神楽坂の喫茶店の常連さんだったそう。「ちょうど五十のときに転職してキイトスを開きましたが、サラリーマン時代から定期を飯田橋まで買ってね、仕事帰りに神楽坂の顔ともいえる喫茶店POWWOWさんで本を読み、ギンレイホールで映画を観たりしていたんです。高校生の頃から新宿の音楽喫茶でクラシックを聴いていました。本と音楽が好きで、自宅にはLPが3,000枚ほどあります。だから、自然と、こういう店になったみたいです」。お客さんも、そういうマスターにどこか自分を重ねて、共感を覚えるのでしょうか。「音楽があって、木のぬくもりが感じられて、本が静かに読める。店は一日の大半をすごす場所なので、自分にとってもここちよい場所にしたいのです」
キイトス茶房の看板には「General Store」という文字も読めます。これは英語で、「雑貨店」あるいは昔でいう「よろず屋」の意味。kiitosはフィンランド語で「Thank You」という意味だそう。「珈琲をだすだけじゃなく、もっといろいろ他にやってみたいという欲があるんです。コンサートや茶話会なども催していますし、うちでは須田帆布のシャツやバッグも売っています(自分の着ているシャツを指差す)。人気があるのは、ギャラリーですね。いまは月極で、無料で作品を店内にディスプレーしています。先日までは、POWWOWのオーナー、鈴木喜一さんが往時の神楽坂を描き綴った水彩画展をやりました。神楽坂のいいところは、平松南さんのミニタウン誌「神楽坂 まちの手帖」など、自分で何かを発信していこうという姿勢があることですね」。ささやかな存在の大事な価値を認め、愛情を注ぐ。そんなマスターに、ぜひお薦めの本を紹介してください、と乞うと、はにかみながら応えてくださった。下記事をご覧あれ。
「開発」(ただし、それはどんな、だれにとって良い結果をもたらすだろうか)に晒されて、変貌を遂げようとしている神楽坂界隈。おしゃれな「カフェ」は増えつづけているけれど、文化の薫りがして、長居ができて、ささくれた心をやんわりほぐし、ときに、人生にとってほんとうに大切なことを教えてくれる珈琲店は少なくなった。小説にでも登場しそうなマスターのいる、木と古本と音楽と珈琲の芳しい香りが奏でられるキイトス茶房は、まだ、そんなささやかな気風を捨てていないと思う。
「Kiitos Cafe」オリジナル・ロゴのはいったカップ・アンド・ソーサー。ブレンドは一杯450円と神楽坂界隈でもリーゾナブル。ほかにコスタリカ、コロンビアなど珈琲各種、紅茶もとりそろえ、美味しい自家製フランス菓子フロランタン(1個150円)もある。
既成のカレー粉はつかわずに、インド産カレー・パウダーをブレンドするご主人手製のドライカレー、その名も「神楽坂カレー」(珈琲、紅茶付きで900円)で小腹も満たせる。「ここ以外にはない味」マスターの自信作。
一杯の珈琲でお店にある本を手にとりながら寛ぐお客さんの姿も多い。また神楽坂関係のミニコミ誌もそろえてあるので、神楽坂のいまと昔に思いを馳せながら、雰囲気を満喫できそう。
木のぬくもりと音楽、やさしい珈琲の香りと読書で暮れていく午後は最高の贅沢といえましょう。茶房備え付けの便箋などもあって、手紙をしたためるお客さんの姿も見えた。
キイトス茶房主選の本はこの二冊。詩人・田村隆一の『ぼくのピクニック』とエッセイスト・松山猛の『松山猛本』。「人生を愉快にしてくれる、こんなかっこいい老人になりたいですね」。本の選び方からも、マスターの人柄が滲みでる。
キイトスでは推奨の本やCD、DVDの貸し出しもしているそう。茶話会、読書会、コンサートも開催しているので、秋の神楽坂を散策したら、感性と知の豊穣の実を食べにいくのもいいかもしれない。
『キイトス茶房』
| 住所 | 東京都新宿区箪笥町25野吾ビル2F |
| 最寄り駅 | 大江戸線牛込神楽坂駅A1出口より徒歩1分、東西線神楽坂駅2番出口より徒歩5分、JR飯田橋駅西口より徒歩12分 |
| TEL | 03-5206-6657 |
| 営業時間 | 10時から21時30分(LO.21時) |
| 定休日 | 毎月第3土曜日 |
| 地図>> サイトを見る>> | |
【Release】 06.09.22
【取材文】 石田瑞穂
【写真】 松川智一(クラッカースタジオ)
