
『魯山』 店主・大嶌文彦さんに器のことを聞きました。



アンティークの街、西荻窪。そこに今、注目を集めている器の店「魯山」(ろざん)があります。店主、大嶌文彦さんを訪れるお客さんの中には、エッセイストの平松洋子さんやケンタロウさんも。「うちは骨董店ではなく食器屋です」という大嶌さん。うちっぱなしのコンクリートの店内には、江戸や明治の古い伊万里(いまり)のお茶碗、昭和の初めの頃のプレーンな白磁の皿とともに、現代の器が並べられ、大嶌さん独特の眼で選ばれた古い簞笥や木の民具、アレンジを施された鉄のオブジェたちが分け隔てなく置かれています。その世界は古い物が多いせいか、なつかしくてホッとするけれど、どこかとてもモダン。「食器と料理のとりあわせだけではなく、魯山からはいろいろと学びました」という料理研究家・濱田美里さんにインタヴューしてもらいました。
濱田美里(以下・濱田)「魯山」にはじめて入って、大嶌さんとお話ししたのは、まだ私が学生の頃でしたね。その頃から、じつは、大嶌さんの言葉をこっそり日記に書き付けていたの。いろいろ教えてくださったけれど、ただ一つのことを言われつづけてきた気がします。それは「物をよく見なさい」ということ。シンプルな言葉だけれど、とても奥深い言葉。
大嶌文彦(以下・大嶌)それは知らなかった。ぼくは「物」を商っているから、うちで美里がどんな皿を買ったかとか、「物」を通じて人を見ることがある。『向田邦子 暮らしの愉しみ』に参加したときも、ぼくは活字を追う人間ではないから、向田さんのことは全部彼女が持っていた器から読み取るわけ。向田さんが好んで普段使いにしていた魯山人の醤油差しや安南、くらわんかの小鉢、それが高価な器でも、いったん気に入れば潔く買って、潔く普段使いにする。文筆家で独立した女性だけれど、自分できちんと料理して生活した向田さんの立ち姿が見えるよね。料理映えのする、渋い雑器なんかも好んだ方だったけれど、その中に普通の女性でも買わないような色っぽい赤絵があったりして、ドキッとさせられる。人伝に聞いた話だけど、妹の向田和子さんが「大嶌さんのえらんだ器は姉の好みだったと思いますよ」と言ってくれたそうだけどね。
濱田 物から人を見る、か。面白いな。私もそうやって見られてたわけ?
大嶌 もちろん、それだけじゃありませんよ。ただね、ぼくは物屋だから、自分なりに懸命に器をえらぼうとするお客さんに興味があるんだよね。だって女性がさ、服とか化粧品とか他にもいろいろ買いたいものがあるのに、渋い瀬戸の石皿や現代の食器を真剣に買ってくれる。それって、ちょっとすごいことじゃない?美里のえらぶ食器は一貫してる。ブレてない。それはあなたに早くから郷土料理をやりたいという意志があったからじゃないか。美里なら、いわゆる「ハレ」の器、もてなすための器ではなくて「普段使い」の器を好むよね。つまり京焼きや有田なんかの懐石料理でつかうようなものはあまり手にとらない。きちんと自分のつくる料理から器をえらんでいる気がします。金銀、繊細な絵付けが施された小鉢なんかより、雑器に近い大皿とか、赤絵でも筆が走っているものとか。どちらかというと、男っぽいのかな(笑)
長年通ってくれているお客さんだと、そうやって、えらぶ物から心境の変化や成長を感じる時がありますね。
魯山には古伊万里などの古い器から現代作家の器まで、新旧とりまぜているけれど、どれも店主・大嶌さんの眼にかなった、一貫したセレクションになっている。1000円代の普段使いの器から楽しめて、リーゾナブル
「無数の食器をあつかってきましたが、普段使いの器ということなら、この石皿に勝るものはありません」と大嶌さんの言う、江戸時代の瀬戸の雑器「石皿」。無地の石皿を真剣に評価しはじめたのは、大嶌さんの世代から。昔はこれに煮物や惣菜を盛って、店頭にならべた。価格は10,000円ぐらいから。
額賀章夫、上泉秀人など、今や第一線で活躍する現代の陶工を見いだし、プロデュースしてきた「魯山」。若手作家の登竜門でもある。石田誠の南蛮焼締小鉢、白磁輪花鉢。
ちょっとトボけたかんじの、昭和初期の陶製ポット。光を吸うようなやわらかな肌合いに変化してきて、色も器形も今よりユーモラスでモダン?
【Release】 06.06.01
【取材文】 石田瑞穂/インタビュー・濱田美里
【写真】 松川智一(クラッカースタジオ)
