野沢菜は赤蕪でした

野沢菜は赤蕪でした イメージ

 野沢菜漬はしゃきしゃきの青々としたお漬物というイメージですが、実は赤蕪だそうです。食べる時には葉のみですが、小さいながら切り離された蕪が存在するわけです。今では全国各地で生産されるポピュラーな漬物ですが、原産は長野県の野沢(野沢温泉村)です。ここに健命寺というお寺があって、寺伝によると宝暦六年(1756)に住職の晃天園瑞和尚が摂津天王寺蕪の種子を持ち帰って栽培したのが野沢菜の始まりとされます。実際、現在でもお寺の裏の畑で種子採取用の野沢菜が栽培されていて、原種として大切にされているそうです。  天王寺蕪というのは、現在の大阪市天王寺区で栽培されていた蕪で、現在は都市化して消えてしまいましたが、かつては名品として名が知られていました(挿絵参照)。実際のところ、「野沢菜が天王寺蕪に由来する」というのが本当かどうかは定かでなく、あるいは名品天王寺蕪にあやかって、そう主張した可能性もあるでしょう。  その辺は科学的な調査に委ねるとして、興味深いのは、お坊さんが野沢菜漬に関わっていることです。たくあん漬を始めたのが品川東海寺の沢庵和尚であることは有名です。この場合も真偽は不明ですが、この東海寺も野沢菜の健命寺も禅寺です。つまりたくあん漬・野沢菜漬という漬物の代表ともいうべき品には、いずれも禅宗系の僧侶がからんでいる。漬物と禅宗・・・・、茶道・香物・精進料理・禅宗文化・・・・、ん~、なんだかしっぽは捕まえた気がしますが、長くなりそうなので続きはまた今度。

【挿絵解説】『日本名所図会全集(日本山海名産図会)』名著普及会、1975年より 「天王寺干蕪(ほしかぶら)」と題名があります。その説明書きによれば、木津・今宮産の蕪は丸く、細長い天王寺蕪を名品とする、生でも出荷するが、だいたいは干したものを市場へ出荷する、12月~1月(旧暦)の間に高い竹垣を作って干すのだという。

【参考文献】・小川敏男『漬物と日本人』NHKブックス、1996年 ・『野沢菜 おはづけ』銀河書房、1990年

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