あまり美味しそうでない題で恐縮です。蟹は古くは肉身ではなく内蔵を塩辛にして食べていたそうで、佐賀県の郷土料理である「がん漬」は、その名残らしい。これも干潟の小さな蟹であるシオマネキを殻ごと砕いて発酵させたもので、現在の肉身を中心とした食べ方とはかなり違います。あまり馴染みのない話題ですので(佐賀県の人には申し訳ない)、馴染みのあるところで『さるかに合戦』のお話しにしました(お~強引)。 私たちが知っている「さるかに合戦」は、子蟹が栗・蜂・臼の助勢で親蟹の仇を討つというものですが、これは明治時代になって固められたストーリーです。例えば、挿絵にあげた江戸時代初めの「さるかに合戦」の1シーンでは、卵・包丁・蛇が攻撃に加わっています。これは絵本として出版されたものですが、語り継がれた昔話にはもっと沢山のバリエーションがあります。仇討ち自体が存在せずに、猿と蟹が共同で餅をつき、餅の取り合いをして終わるもの、また蟹が味方を集めて猿軍と合戦するものなどがあります。 おそらくは「さるかに合戦」というお話しも、時代々々、地方々々で興味・嗜好に合せて絶え間無く変化していたのでしょう。ある意味、それが活字化されストーリーが固定された時、「さるかに合戦」は変化を止めた=死んだ、といえるかもしれません。
【挿絵解説】『新編稀書複製会叢書5』臨川書店、1989年所収「さるかに合戦」より 子供向けの絵本(赤本)として出版されたサルカニ合戦で、蟹(擬人化されている)が猿に仕返しをする場面。火中の卵が破裂して中身が猿にかかり、火傷した猿が水場に来るのを包丁が待ち構え、蛇は仕掛けを見守っている。
【参考文献】・樋口清之『食物と日本人』講談社、1979年 ・稲田浩二『昔話の源流』三弥井書店、1997年 ・今川恵美子「猿蟹合戦の原話と伝播」『(京都女子大学国文学会)女子大国文』52、1969年