ハイテクなる大根

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 鎌倉時代に日蓮聖人が信者に送った礼状には「大根は大仏堂の大くぎのごとし」とあって、誇張して表現しても大釘程度に過ぎなかったようです。それが品種改良を重ねて現在のような多様な品種をうみだし、大形化したのでしょう。江戸時代には老農と呼ばれるような農業指導者が各地にいて、良い栽培方法の普及や優良な栽培品種の開発に努めていました。そうした人達や、それを受けてこつこつと品質の向上に励んだ人々の努力がなければ、私たちはいまだに太い釘程度の大根しか食べられなかったのかもしれませんね。  「蘿蔔」と書いて「だいこん」と読みますが、これは中国流の表記です。ラテン語では大根を「Rapha」といい、中国ではその読みに漢字の「蘿蔔(らふく、北京語ではロープ・ローポ)」をあてたようです。大根の原産地は中央アジアといわれており、日本には中国を経由して伝えられたのでしょう。外国で発明されたものを日本で様々に工夫を加えて、元のものとは見違えるような良いものに仕上げる。そんな作業を日本人は昔からしてきたのだ、ということでしょうか。

【挿絵解説】『尾張名所図会 下』愛知県郷土資料刊行会 より 尾張の枇杷島(びはしま)の青物問屋の図です。朝市の活況がひしひしと感じられます。そこに担ぐほど大きな大根が描かれていて驚きです。レンコンやミョウガは実物大で描かれているので、大根の大きさも誇張されたものではないでしょう。また巨大大根の脇には小型の大根も並べられており、異なった種類の大根が同時に売買されていた様子がうかがえます。

【参考文献】・川上行蔵著『つれづれ日本食物史 3』東京美術、1995年 ・『鎌倉遺文』19(東京堂出版、1980年)所収 弘安4年9月20日「日蓮書状」 ・『尾張名所図会 下』愛知県郷土資料刊行会、1960年   同書は、江戸時代後期、天保12(1841)年の編。尾張地方の名勝地を図説したもの。

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