当たりを待つドキドキ感が釣りの醍醐味でして、釣れるかどうかは二の次でしょう。趣味としての釣りの始まりは江戸時代です。もちろん、元々は生活の糧としての漁業技術ですので、それがレジャーとして大成するのが近世ということです。この“釣り文化”大成させたのは侍・武家でした。 日本最初の釣り入門書といわれる『何羨録』は、享保年間・旗本津軽政兕(まさたけ)の編纂とされ、また江戸和竿の創始者といわれる松本東作は元紀州藩士です。政兕は著書冒頭で、釣りは「武江の勝遊(江戸の一番の楽しみ)」であり、「利名は一釣艇の中に軽きなり(釣り舟に乗れば富や名声に意味はない)」とその魅力を語ります。そして驚くべき情熱をもって、江戸前の魚場・釣り方・道具にいたるまで、こと細かに書き上げるのです(キス釣りはその中心)。 ちなみに政兕は忠臣蔵で有名な吉良上野介の娘婿で、犬将軍こと徳川綱吉の生類憐みの令によって漁民以外の釣りが禁止される時代を過ごしました。そうした風波を凌いでの一言が「利名は一釣艇の中に軽し」なのでしょう。
【挿絵解説】鱚の脚立釣図(平出金堅二郎『東京風俗志』原書房、1968年(01年復刻)より) 食べて美味しいのは白鱚ですが、釣って楽しいのは青鱚でした。沖の洲に立てた脚立に座って青鱚を狙う脚立釣の風景は、かつての江戸前の風物詩です。
【参考文献】・小林団「青鱚の脚立釣」『民具マンスリー』24-5、2001年 ・『浦安市郷土博物館調査報告書4 豊かな江戸前の海再生をめざして』2006年 ・佐藤耕次郎『黒石地方誌』黒石町役場、1934年