八月十五日の夜にお月様に芋を供えてお祝する行事を芋名月といいまして、かつては全国的に行なわれていました。芋、ことに里芋は畑作の中心的な作物ですので、その豊作を祈っての行事とされていますが、おもしろいのは、その晩には芋を盗んでも良い、盗まれることを吉兆とする風習があったことです。 供物をみんなで食べたり配ったりする話はよくありますが、「盗む」となるとちょっと意味が違いますね。十五日夜の芋はすべて神への捧物なのでだれの物でもなく共財となるからとか、神に盗んでもらうことにより豊作が約束されるから、といった解釈があるそうですが、「盗む」=悪行を犯すことの積極的な説明にはなっていないような気がします。 あるいは、盗まれる側は芋盗みという悪行を宥(ゆる)して善行をつみ、盗む側はわざと悪行を犯して宥す者の善行を引出すという構造と考えてはどうでしょう。堅苦しい村社会の中でのジョークでしょうが、そんなハートフルな行事であれば僕も参加したいですね、ぜひ盗む方で。
【挿絵解説】月見の図(貝原益軒「日本歳時記」『益軒全集一』益軒全集刊行部、1910年より) 同図は江戸時代初頭のお月見の風景です。月見は中国でも行なわれていた年中行事で、それが日本に導入されました。芋を供えるという風習も共有しています。
【参考文献】・吉成直樹「「十五夜の盗み」覚書」『日本民俗学』175、1988年 ・大林太郎「正月料理と八月十五日夜の里芋」『正月の来た道』小学館、1992年