つるつる食べやすく清涼感のある素麺は夏の昼食の定番ですね。少々夏バテ気味でも素麺なら美味しく食べられそうな気がするのが不思議です。もっとも夏バテとは無縁な少年時代は、母親の手抜き料理としか思いませんでしたが。 素麺は古くは索麺とも書き、よく唐菓子の索餅(さくべい・むぎなわ)とも混同されます。確かなことは分かりませんが、中国・宋の禅文化とともに鎌倉期以降に渡来したものと想定されています。すくなくとも室町時代には、連歌会や茶会の点心(おやつ)として珍重されていたことは確かです。連歌会・茶会は上流階級の娯楽ですので、素麺もごく一部の人のみが口にできる贅沢品でした。 これが近世になると、街道筋の茶屋や、寺社の門前町などで売られるようになり、庶民にも普及しました。ただし、旅の途中の小休止でいただく食べ物であり、やはり点心に近い食べかたであったといえます。つまり禅文化からは離れましたが、その点心としての性格は失なわれなかったということでしょう。そして、ささっと作って、ささっと食べる、という本質は母にも受け継がれたわけですね。手抜きだなんてごめんなさい。
【挿絵解説】大和三輪素麺の図(『日本山海名産図会(日本名所図会全集)』名著普及会、1975年 同図の注記には、大和三輪素麺は名物であり、同地の三輪神社への参拝者が多いため「三輪の町繁盛、旅人を宿むるはたごやにも、名物なりとて素麺にてもてなす」とあり、素麺産業が観光とセットであったことがわかります。
【参考文献】・西川晃夫・益井邦夫「三輪素麺の発達と歴史」『社会経済史研究所紀要』6、1971年 ・市毛弘子「索餅の起源と用いられ方、および索餅から素麺への変遷過程 古代・中世・近世」『全集 日本の食文化3 米・麦・雑穀・豆』雄山閣出版、1998年 ・永島福太郎「点心の主食はうどん・そうめん」『淡交』56-2、2002年 ・木村文輝「駿河国宇津ノ谷峠の地蔵伝説-「素麺地蔵」の食人鬼退治を中心として-」禅研究所紀要32、2004年