戦争と梅干

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 戦国乱世は、信長・秀吉・信玄・謙信といった多くの英雄と武勇譚に彩られた時代です。ただし戦国時代の兵士の大部分は「雑兵(ぞうひょう)」でして、雑兵とは金銭で雇われた傭兵であったり、武将の家の下人であったり、徴兵に応じた農民などです。  武将は鎧兜をまとって乗馬しますが、雑兵は徒歩(かち)で防備も胴丸のみなど簡易で、馬上の武将に付き従って従軍します。しかし滅私奉公とは無縁で、いざ合戦が始まるといち早く逃走し、気がつくと馬上の武将が戦場に一人、といったこともよくある話です。雑兵の手柄は主人の手柄ですし、身分保証もないわけで、戦場のフリーターである彼等は、命は懸けません。  戦場へは打飼(うちがい)袋という小袋に、数日分の食料にあたる握飯や糒(ほしい)といった主食と塩・味噌などの調味料を入れ、腰に括り付けて持ち運びます。雑兵朝日出右衛門氏の談によれば、戦場をかけ巡り、息切れした時には、袋の底に入れておいた梅干を取り出してちょっと見る、なめてはいけい、なめても喉は乾く、命のあるうちはその梅干ひとつを大切にして食べずにとっておくべし、とのことです(『雑兵物語』)。いつの時代もフリーターはつらいですね。

【挿絵解説】埴田の梅林『紀伊名所図会4』歴史図書社、1970年より 挿絵の説明には、往還(熊野街道)の左右一村はことごとく梅林であり、花の季節には香気が山野に満ち、実は梅干として江戸に送るとある。埴田を含む南部町は現在でも梅干の主産地である。

【参考文献】・深井一郎編『雑兵物語研究と総索引』武蔵野書院、1973年 ・桜井秀・足立勇『日本食物史 上』雄山閣出版、1994年 ・藤木久志『雑兵たちの戦場』朝日新聞社、1995年 ・有岡利幸『梅干』法政大学出版局、2001年

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