日蓮と山椒

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 「木の芽」といえば山椒の若葉のことですが、個人的には味噌と合せて砂糖を加えた山椒味噌でいただく豆腐が大好きです。うなぎの蒲焼なども、いざ食べようとして、あれ~山椒がない!となったらブルーですよね。その他にも、実は七味の一つだし、お吸い物に浮べたりと、日本料理には不可欠な脇役といえましょう。  でもやっぱり脇役だよな~と思っていたら、日蓮にまつわる面白い史料にいきあたりました。日蓮は鎌倉新仏教の一つ、日蓮宗の教祖です。彼はそのエネルギッシュな活動から再三、迫害を受けますが、弘長元(1261)年5月には『立正安国論』の著述を咎められ伊豆伊東に配流されます。鎌倉から伊東の川奈へと送られた日蓮が「船よりあがり、くるしみ候」ときに食事を与え、手足を洗ってくれるなど親切にしてくれたのが当地の船守弥三郎夫婦でした。船守はその後も日蓮を援助していたらしく、同年6月27日の日蓮書状では、「ちまき(粽)・さけ・ほしひ(干飯)・さんせう(山椒)・かみ(紙)」の贈与への感謝がつづられています。  へ~山椒ってこのころからあったんだ、で済ませてはいけません。わざわざ山椒を送る意味は?、高級品である紙、御馳走である粽・酒とともに山椒を送っているのはなぜでしょう。思うに山椒は薬として送られたのでしょう。薬草を送る夫婦の気遣い、優しさが読み取れるのではないでしょうか。

【挿絵解説】山椒の図『和漢三才会』東京美術、1970年より 『和漢三才会』には挿絵の「秦椒」「蜀椒」の他、「朝倉椒」「冬山椒」「柚山椒」といった多種の山椒が紹介されている。「秦椒」の項には、その実であろう「椒紅(ひさんしょう)」につき風邪を防ぎ、身体を温め、歯髪を堅くするといった効能が記されており、薬に用いられていたことがわかる。

【参考文献】・『角川日本地名大辞典 静岡県』角川書店、1982年 地誌編伊東市 ・川上行蔵「山椒の歴史」『つれづれ日本食物史』3、東京美術、1995年 ・弘長元年6月27日 日蓮書状(日蓮聖人遺文)『鎌倉遺文』12-8675

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