「穀潰(ごくつぶし)」という言葉がありますが、”食べるばかりの役立たず”といった意味です。以前、米の大凶作にあたって米を海外から輸入したことがありましたが、江戸時代以前ではそうはいきませんので、なんとか自前の作物で食いつなぐほかありません。そのため幕府や諸藩は、酒造は米の浪費=穀潰だとして、これを禁止しその分を食料として確保しようとしました。 一見、もっともな政策にみえますが、いわゆる”ざる法”でして、造り酒屋での酒造は禁止できても、個人で作る濁酒や密造酒が出回りましたし、また徹底できたとしても実際どれだけ飢饉対策として有効であったかは疑問です。そもそも、こうした造酒・飲酒の規制は鎌倉時代からのものでして、為政者はそれを500年近く言い続けてきたわけで、飢饉対策というよりはむしろ”呑みすぎはいけません”という道徳的な意味が強いのだと思います。 造酒は穀潰だし、酔えば風紀を乱し、買えば浪費になる。ですので為政者はこれを規制し、庶民を善導する義務があったのです。ああ!為政者とはなんと慈悲深いのでしょう。たんまりと酒税を上乗せするのもそのためです。明治15年~昭和10年の間、酒税は国税のほぼ20%を占めていましたから、近代日本を支えたのは「酔っ払い」だったといえましょう。あれ、なんか結論が歪んでますね。
【挿絵解説】御殿山の花見『江戸名所図会』名著普及会、1975年より JR品川駅南側の高台にあたる御殿山は、江戸初期に将軍の御所が設けられたので御殿山といいます。寛文期より吉野桜が植えられて花見の名所となりました。挿絵には花見を楽しむ沢山の人々が描かれています。眼下には品川の街、奥に川沖に浮ぶ船がみえ、風情をそそります。
【参考文献】・塚本学「酒と政治」『近世再考』日本エディタースクール出版、1986年 ・金澤史男『国史大辞典』酒造税の項 吉川弘文館、1986年 ・菊池勇夫「酒と飢饉-酒造停止令をめぐって-」『全集日本の食文化11』雄山閣、1999年