ままごとから雛祭へ~甘酒~

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 甘酒は酒になる手前です。米の澱粉質を糖化し、さらにアルコール発酵させたのが日本酒ですが、甘酒は糖化した段階で呑んでしまうので、まだアルコールが含まれていないわけです。その甘酒は雛祭の代表的なご馳走の一つです。  「今日、めのわらはのたわむれ事に、ひいなあそびとて、ちいさき人形をもてあそぶ事あり」という一文が、雛祭の成立のおおよそを語っています。これは江戸初期の儒学者である貝原益軒が、貞享4(1667)年に編纂した『日本歳時記』での三月三日の行事の解説です。益軒は「3月3日には女児の遊びで、「雛遊び」という小さい人形で遊ぶ行事がある」と解説しているのですが、つまりこの江戸時代の初めには、まだ「雛遊び」であって、現在の「雛祭」の形にはなっていなかったということがわかります(挿絵解説参照)。  そもそも雛遊びとは「ひいな」=可愛らしい人形を用いた平安貴族の子女の遊びのことです。それが江戸時代になって、上巳(じょうし)の祓という人形に穢(けがれ)を移して清める3月3日の宮廷行事と結びついて年中行事化し、それが民間にも広まったのです。つまりもともと人形を使っての「ままごと」が始まりですから、おもちゃの食器を並べ、お酒もアルコールを含まない甘酒が用いられたわけです。

【挿絵解説】雛遊びの図『日本歳時記』八坂書房、一九七二年より 江戸初期ではまだ雛段はない。人形も正面右側が現代に近いお雛様で、左側には上巳の祓に使用されるような人形(ひとがた)が添えてあって、上巳と雛遊びが習合した様子がうかがえる。

【参考文献】・松下幸子『東京美術選書 祝いの食文化』東京美術、1991年 ・印南敏秀「伝統社会の米と魚-神饌と贈答の甘酒と鯛」『食の文化フォーラム26』 米と魚』教文堂、2008年

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