おらが蕎麦

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 「信濃では月と仏とおらが蕎麦」とは、信濃の名物である更科の明月、善光寺、蕎麦を詠みこんだ俳句として有名ですが、同地の俳人小林一茶の作ではありません。ただし「おらが~」とか、素朴な句調からして当然、一茶の影響を受けているのでしょう。  では次は一茶作から一句、「痩(やせ)山にぱっと咲けりそばの花」。蕎麦は寒冷地の地味の薄い痩せた土地でも育ちます。ですのでやや荒涼とした山肌一面に白い蕎麦の花が咲くのを見て、その生命の力強さに感動したのでしょう。一茶は貧困、親族との遺産争い、三男一女の夭折、妻との死別、自宅の焼失など幾多の不運にみまわれた不遇の俳人です。自身の境遇を、苛酷な環境でも美しく花を咲かせる蕎麦に投影していたのでしょうか。  蕎麦の境遇も幸福とはいえません。古代に飢饉対策用に導入された穀物で、米や麦を主役とすれば脇役・補欠であり、寒冷地や焼畑などで栽培されました。ですので、名物は蕎麦!というのは、そこが豊かな土地柄でないことを意味しますので、あまり自慢になることでもないのです。ただし信州でも蕎麦の名産地は、「霧下(きりした)」といって夏でも霧が深いような山村地域であり、厳しい環境でこそ良品が生まれるようです。

【挿絵解説】「風鈴そば売りの図」『山東京伝全集』第九巻(ぺりかん社、2006年)所収「昔織博多小女郎」挿絵より 江戸時代の担い売りの方法にはいくつかパターンがありましたが、図にある風鈴そば売りは最もポピュラーな形です。山東京伝は文政文化期の人気小説家で、本小説は文化八(1811)年版です。

【参考文献】・伊藤凡『つるつる物語』築地書館、年 ・関保男「信州そば史雑考」『長野』167、1993年 ・長沢要「一茶の詠んだ蕎麦の句」『長野』167、1993年 ・笠井俊彌『蕎麦 江戸の食文化』岩波書店、2001年

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