『豆腐百珍』とは江戸時代、天明2(1782)年に作られた豆腐料理のレシピ書です。これがヒットしたため『続編』『余録』が発行されて、レシピ数は合計278品にも及びます。豆腐への愛情は現代以上のようです。 近頃、穀物の価格があがるというニュースをよく耳にしますが、江戸時代でも物価上昇は深刻な社会問題でした。嘉永3(1850)年2月、江戸品川宿の豆腐屋組合は、大豆・炭・薪・油の仕入価格が3割も上昇し、そのため営業が行き詰まって「難渋至極」であるので、販売価格を値上したいと宿役人を通じて幕府に申請しています(注1)。この際に申請された価格は 豆腐1丁30文 油揚1枚5文 焼き豆腐1つ5文 でした。当時の1文は現代の感覚で50円程ということなので(注2)、1丁が1500円程となります。あるいは大きめなのかもしれませんが、それにしても安くはないのでしょう。 『豆腐百珍』が出版されたのは天明の大飢饉の時節でした。ですので高価な豆腐を楽しめるのもセレブな都市生活者に限られていたことになります。価格の上昇や飢饉などの逆風にもめげない「美味しいものを求める力」が豆腐文化を引き上げ、さらには鯛・大根・柚・たまご・こんにゃく版百珍本が発刊されるような食文化の高まりへと導きました。 (注1)嘉永3年2月 南品川宿豆腐屋値段引上願『品川区史資料編』1971年 (注2)磯田道史『武士の家計簿』新潮新書、2003年、55頁
【挿絵解説】「東海道目川村の茶店の図」『近江名所図会』柳原書店、1974年より 古くは、田楽といえば田楽豆腐のことでした。滋賀県栗東町目川の名物が目川田楽で、茶店は名物をもとめる旅人でにぎわっています。豆腐を焼く美味しそうな匂いがしてきそうです。
【参考文献】・原田信男「天明期料理文化の性格-料理本『豆腐百珍』の成立-」『芸能史研究』70、1980年