水洗トイレの罪 〜米〜

水洗トイレの罪 〜米〜 イメージ

 近世の農業手引書の『百姓伝記』には「不浄を一滴すつべからず」という言葉があります。この不浄とは人間の排泄物のことです。もちろん、"不浄"というくらいですから、美しいもの・清らかなものではないと認識されているわけですが、百姓はこれを一滴たりとも無駄にしてはいけないといっています。  日本の農業の中心はいうまでもなく水田稲作です。ただし生産効率を高めながら連作しつづけるためには、耕地を荒さないよう肥料を常に施し手入れをしてゆくことが必須です。近世には科学肥料などありませんので、不浄を利用して作る「下肥(しもごえ)」が多く利用されました。ですので“一滴も無駄にするな”、となるわけですが、『百姓伝記』著者の指導はさらにエスカレートします。  *手洗や料理に使った生活排水は集めて下肥作りに使用せよ  *家の床下には簀(すのこ)を敷きその上に積もったゴミ・ホコリを肥料に用いよ といった具合で、ちょっと付き合い難い厳格さでしょうか。  科学的に説明するならば、不浄やゴミから作物の生育に不可欠な養分である窒素を抽出するということになりますが、他にも重要な意味があったような気がします。「糞」という漢字に表われているように、不浄から美しい米が生み出され、再び排出されて不浄となる、恐らくそうした過程を目の当たりにすることにより、輪廻転生といった生命が生まれる原理を実感できていたのではないでしょうか。先日、18歳の少年が「ホットドック」を食べながら殺人を決意したとニュースに出ていましたが、無差別殺人についてまわる現実感の喪失は、今、自分の食べようとするものが何故ここにあるのか分からない、という現実からきているのかもしれません。あなただってトイレでジャーとやったその先がどうなっているのかなんて知らないでしょ。

【挿絵解説】「大坂北中ノ島蔵屋敷の図」『摂津名所図会二』新典社、1984年より 江戸時代は政治の江戸・商売の大坂・文化の京都という三都の時代です。大坂中ノ島の蔵屋敷と堂島の米市場は日本中の米の集散地で、日本経済の心臓部でした。山積みされた米俵と、それを二俵まとめて担ぐ力自慢の人足衆の威勢のよさが大坂の元気を象徴しているようです。

【参考文献】・『日本農書全集16百姓伝記6』農山漁村文化協会、1979年 ・岡光夫『稲作の技術と理論』第3章 土壌と肥料、平凡社、1990年

> 美味しい日本史 一覧

> kusudama ● レシピ