2006年08月18日
川口、アンティコバジリカの夜
ニューヨークの駅の構内には旨いチャウダー屋がある。スティームがビル排気口からたなびく寒い冬の朝、刷りたての新聞とビスコッティ、硬貨を投げて紙カップに一杯のクラムチャウダーをよそってもらう。どろっとした小麦粉の香りのする、訝しげな貝の入った労働者階級のスープを飲めば、体が芯まで温もって、これからはじまる長い一日を乗り切るための朝の儀式となる。そんなチャウダーは上品である必要も、理屈っぽくある必要もない。
飾り気はないけれどこれ以上に滋味を感じる食物もないスープは、東京で新進の料理店をめぐり目新しい料理を試したあと、食べたくなる料理のひとつだ。つらつらと胃の求めることを電話で話していたら、友人のSが「いいところ教えてあげる」。
連れて行ってもらったのは、埼玉県川口市の元郷。植木屋さんの多いところ、という認識があったが、ほんとに植木屋さんの多いところを車で走っていると、さわやかで濃い緑の茂ったなかに、レストランがあった。夕暮れの風がやさしく木々をくすぐって、ハーブ・ガーデンがあり、静かにライティングされたロッジ風のレストラン。「アンティコバジリカ」。いい雰囲気じゃないですか。


だいたい、キューポラの街川口にこんなお店があるのが不思議。Sに聞くと、地元では有名なイタリア料理店なのだそう。ランプが灯り、ヨーロッパの山間の落ち着いたレストランを思い出させる。ビールで乾杯。マダムが今日のメニューをひとつひとつ説明してくれる。そう、おすすめはこの一品。特製、オニオンのコンソメスープ。

カラメル色に煮詰められた、舌に染み渡るようなスープをスプーンで口に運ぶと、なにも語りたくなくなる。琥珀色の液体を銀のスプーンに乗せては口に運び、夜の硝子に映りこむ庭を眺め、ただスープを飲む音が聞こえて、それをくりかえす。
窯で焼いた手製のオルガノ・パン、プリッツにバターを塗って食べ、種を取り除いて酸味をまろやかにしてあるトマトと桜海老のリゾット、二皿目は、表はカリカリにグリルしあって、なかはほとんど生肉にちかい血の滴るミディアム・レアのラム。よほど新鮮で上質でないと、こんな骨付きラムのステーキは出せない。


お腹はぽんぽん、大満足。一人6500円ほど。レストランがきちんとレストランらしくあって、その味がして、衒いがないのはじつに嬉しい。外にでて夜気にあたると、ゆっくりと浦和や新都心で食べたステーキ、鯉の洗いの旨い誰にも媚びない老舗が浮かんで、埼玉がまだそういう土地であることが、不思議に思えてくる。


