おやじのニタれ笑い

2007年09月

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おやじのニタれ笑い

福岡 博司
Hiroshi Fukuoka

熊本県益城町出身 1964年生れ/ふれあいセンターいずみ 支配人。
大学卒業後、就職・転勤・転職他にて中国→関西→関東と各地を転々と移住。1997年に熊本県泉村(現・八代市泉町)へ辿り着き現在に至る。

熊本県泉町については五家荘ねっともご覧下さい。

2007年09月20日

 「ここは安いけぇの。それにの、安い割にはお姉さんの質もええんじゃ。馴染みになって行くんなら、こげなとこから始めたらええ。仲良くなったら、他のいい店紹介してくれたり、自分の行きつけの店とか連れてってくれたりするけぇ。 …後は、お前次第じゃ。」

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 初めて行きつけのスタンドへ連れて行ってもらったとき、店の入口の前で。ここまではお膳立てしてやる。後は自分のやり方で勝手にやれ… 仕事の指導もそうだった。最低限知っておくべきポイントは事前に教えてくれた。営業車での同行中、バカ話の合間に。得意先に着く。

 「まいどぉ!」

 ワシは普段通り勝手にやるけぇ、勝手に察せぇ… そんな感覚。

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 人にはそれぞれ、その後の人生に影響を受けた人物というものが必ず数人は存在するであろう。おじさんの場合、社会人としてのスタイルを決定づけたのが、Nさんだと勝手に思っている。

 当時、事業所内では特異な人物。中途採用で出世からは外れていた。が、面白い。手取り足取り指導してくれるタイプではなかった。見た目放ったらかし。で、観て、聴いて、その意味を考える癖をつけさせていただいた。

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 南区の東雲に住んでいた。大学を出て製薬会社へ就職。研修を終え、社会人最初の赴任先は広島の営業所だった。20年前のこと。一つ上の先輩と同居。木造2階建て、アパートの一室を会社で借上げた“寮”に住んだ。築何年? 流し台とトイレ(取合えず水洗)はある。風呂は無い。洗濯機も無い。エアコンはおろか扇風機すら無い。辛うじて団扇あり。営業所まで歩いて5分の上に家賃が安い。それだけの理由で決められた感あり。前の道をトラックが通ると縦揺れし、天井から粉が落ちてきた。取合えず6畳と4畳半の二間あり、既に先輩の荷物で埋まっている。先輩愛用のタンスの一角を借り受け、衣類の収納はオッケー。布団も押入れに納まった。寝る場所さえ確保できれば文句はなかった。

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 仕事はそれなりにこなした。が、極個人的には、得意先よりも馴染みの呑み屋を開拓することの方が重要案件。広島では通常“スナック”とは呼ばない。それに類するものを“スタンド”と呼んでいて、店の看板にもそう書いてあった。

 同居人の先輩、ほとんど酒が呑めなかった。その上に結婚資金としてお金を溜め込もうと努力していた。で、赴任して1〜2ヶ月間はもっぱら一人で行くか、たまに指導係のNさんと二人で呑みに行っていた。

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 仕事を終え、銭湯で身を浄める。定食屋で腹を満たし、おもむろに“流れ川”へ… この方が安くつく。これも直ぐに癖になった。梯子はあまりしない。座るのはカウンターの端。一軒のスタンドで当り前に閉店まで居座った。閉店後、誘われる。ママさんをはじめ、店のお姉さん達と連れ立ち、お約束の“お好み焼き”を喰いに行った。大概、奢ってくれた。週末になると、閉店後はお姉さん達の行着けの店に連れられて行き、そこでまた呑み直し。大概、そのお姉さんの彼氏が働いている店だった。

 社会人なりたてである。貧乏人のくせに、足繁く通っているから? お姉さんに寮の前まで送ってもらうことも多く、週末は当然の如く朝帰りだった。そういう行きつけの呑み屋を数軒、6月の頭には確保していた。

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 始業は8時30分。重役出勤と罵られながら、毎朝8時20分に出社。朝の打合せが終わると、営業車でとある公園へ直行。2時間程の朝寝。目覚めた後、飯を喰ってから一日の仕事が始る… 週4日はそんな生活。呑み代を削るより食費を削った。が、給料日前は当り前に金欠。近くのスーパーに並ぶパンの耳1kg(当時150円ポッキリ)、それで数日喰い繋いだりしていた。が、10月末には岡山へ転勤。たった半年。が、濃密な時間だった。

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 胡瓜とミョウガと小葱を刻む。ほんの一片の新生姜をすり降ろして醤油に混ぜておく。干しアミを一掴みパラパラ。白でも黒でもいい、適当に胡椒。少量の胡麻油をかけ、青柚子を上から絞る。後は、さっき拵えた生姜醤油を適当にかけ回し、白胡麻スリスリ… かき混ぜるだけ。しばらく冷蔵庫で寝かせればでき上がり。

 ほかほか玄米メシを丼によそい、上からかける。お口「あ〜ん。」して、掻き込む。まだ暑い時期。草臥れたときの晩飯にいい。“ぴやぴや”胡瓜のシャキシャキ感が嬉しい。

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 冗談ばかり口にしていて、可笑しな人だった。チャランポランに見える。が、その実マメだったNさん。人手が足りなかった? 行きつけのスタンド。カウンターの奥、フライパンを手にしている姿を目にしたことがある。手際がよく、板についていた。

 「こいつらのぉ、お客樣のワシをこき使うんぞぉ。福岡、どぉ思う? …たぁ〜いぎぃ〜。」

 うんざりしたように言葉を発しつつも、痩せた目元はニコニコ笑っていた。そういう呑み屋での姿と、得意先で冗談とも本気ともつかない会話を交わしている姿と、どちらにも通ずる何かがあり、おじさんなりにそれを理想として20年追ってきたように思える。

 微々たるものだと思う。それがあるかないか… それだけで大きく変るように思える。アクセントであり、リズムであり、調和であり、インパクトであり… ちょうど、この“ぴやぴや丼”に於ける生姜のようなもの。これがないと、のっぺりと締らない味になる。真面目なだけ、おもろいだけでは、沁みてはいかない。

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以来19年、お会いしていない。当時のNさんより、歳だけは喰った。少しは、Nさんに近づけた?  …ん〜〜〜〜〜〜〜、まだまだね(笑)。



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