くたくたの野菜のマリネ
イタリアのパルマで朗読をしたことがある。ローマ詩祭なるものに招かれたあと、ついでにということで、ワゴン車に乗せられて高速を飛ばすこと数時間、北イタリアの古都パルマにやってきたのだった。スタンダールのあの『パルムの僧院』の舞台、といっても、いまやピンとくる人は少ないだろう。オペラ王ヴェルディの生まれ故郷、といっても同じだろうか。以前中田英寿選手が所属していたクラブチームのある町、といえば、ああ、と思い出してくれる人がいるかもしれない。そしてなにより、生ハムとチーズ(パルメジャーノ)の特産地として知られる町だ。
朗読のあとの打ち上げにも、それらはたっぷりと供された。驚いたのは、すり下ろしてちびちび使うイメージしかなかったパルメジャーノを、地元の人は一口大のかたまりのまま、平気でかじっていることだった。聞けば、幼児にも栄養補給として食べさせるという。
翌日の昼はレストランに招かれて会食したが、同行の若い日本人アーティストが「おいしい」を連発したのは、パスタでも肉料理でもなく、何の変哲もないくたくたの野菜のマリネだった。土壌のせいだろうか、たしかに欧州の野菜や果物は味が濃くておいしい。帰国して日本の水っぽい農産物を口にすると、彼我の差にがっかりしてしまうことがある。私はそれを知っていたが、彼は初体験だったのだろう。しかしグルメでもなんでもない、ただの無垢な舌から発せられた「おいしい」だけに、奇妙にリアルな説得力があったのである。
ところで、日本のイタリアンでは、このくたくたの野菜のマリネのような料理はあまりメニューにのぼらないようだ。日本の野菜ではおいしく作れないとあきらめているせいなのか、いやいや、客も料理人も、高級食材や新奇な調理法にばかり気を取られているせいだろう。けれども、あちこちを旅して思うに、その土地の人が日常食べている、何の変哲もない料理、それこそがいちばんおいしいという気がしないでもない。
06.10.25
【文】野村喜和夫




